殻のブログ

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【リハビリ】サルトル『実存は本質より先立つ』

 

フランスの哲学者ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルの『実存は本質より先立つ』について考える

 

本質主義と実存主義の説明でWikipediaには次のような記載がある

 

まずは本質主義・・・

〔本質主義〕

本質(事物の変化しない核心部分)を自立的な実体、客体的な実在物であるとみなした上で、個別の事物は必ずその本質を有し、それによってその内実を規定されている、という考えをいう。さらに具体的に、社会科学や政治的な議論において、一定の集団やカテゴリーに、超時間的で固定的な本質を想定する立場を指していうことが多い。事物とその本質との関係は客観的で固定的なものであり、個物は本質の派生物、あるいは複製としての側面を持つものとみなされる。また、すくなくとも論理的な順序としては、本質が現実存在に先立つものとされ、本質が現実存在から事後的に抽出・構成されるとは考えない。

 

続いて実存主義・・・

〔実存主義〕
実存主義は、普遍的・必然的な本質存在に相対する、個別的・偶然的な現実存在の優越を本来性として主張、もしくは優越となっている現実の世界を肯定してそれとのかかわりについて考察する思想である、とされる(「実存は本質に先立つ」)。本質をないがしろにするような思想的なものから、本質はこうだが現実はこうであり、本質優位を積極的に肯定せずに、現在の現実をもってそれをどう解決していくべきなのかを思索的に考えたもの。本質を積極的に認めない傾向があるため、唯物的、もしくは即物的になり、本質がみえなくなってしまう極端な思想も生まれる土壌にもなる。また悲観的な発想にもなりがちとなっている。問題としているのは人間の実存であり、スプーンなど、モノの実存ではない。

 

 

 

なんとも分かりづらい。。

 

本質主義の一部分だけ取り出すと「客体的な実在物であるとみなした上で、個別の事物は必ずその本質を有し、それによってその内実を規定」とあり、わたしの解釈では世の中一般的な、こうすべき、これが正しい、これはダメ」である

 

実存主義の一部分だけ取り出すと「現在の現実をもってそれをどう解決していくべきなのかを思索的に考えたもの」とあり、わたしの解釈では「いまの現実を受け止めた上でどう過ごしていきたいか、どう生活していくことを自分が望んでいるのか」である

 

論理的な順序としては本質主義→実存主義であろう

  • こうすべき、だから、こうしよう
  • これが正しい、だから、こうしよう
  • これはダメ、だから、こうしよう

ただ、この考え方を追求していくことは自分を苦しめると思っている

外の基準に当てはめようとしているからだ

これまで、会社からの、職場からの、職責からの、その期待や要求にこたえることが正しいと思っていた、そうしてその基準と自分とを比較して、このズレの大きさに苦しんできた

 


『実存は本質より先立つ

先に実存を考える

順番で言うと『実存主義→本質主義』である

「いまの現実を受け止めた上でどう過ごしていきたいか、どう生活していくことを自分が望んでいるのか」を先に考える

その上で自分がどう行動するかを考える

 

実存と本質はどちらも大切だ

しかし、順番は意識しておくことが大切である

順番を変えると本質が一つではないことに気付くことができると思っている

実存は当然違うので本質もまたその人その人で違っていい