殻のブログ

自分が変化するための「殻」を破るため自分を守るための「殻」を創る

【感情の化学】仕事をしていない『後ろめたさ』というもの

 

感情の化学というテーマを設ける

どうした状況で自分の思いが化学反応をし感情が生まれるかということを整理していきたい 

 

日々感じている『後ろめたさ』という感情がある

 

会社に顔をだすと、実際に働いている人を目の当たりする

「みなさん仕事をしている、仕事をすることが“当然""あたりまえ"なのに、仕事をしていない・・・、しかもうつ病で休みを頂いている・・・」

「当然」とか「あたりまえ」とかいう言葉は非常にやっかいである 

 

そうした『後ろめたさ』を感じることがよくある

 

うつ病になっていなければ、”当然”仕事をしていたはずだからだ

 

この『後ろめたさ』を感じることで仕事をしていない自分ということを正当化したいと思っているのか

心のどこかで自分は悪くないと思っている部分が残っている

残っていいるはなくて「そうであってほしい」「そうであると信じたい」と思いたい

 

また『後ろめたさ』を感じている自分を相手に認めてもらいたい、というものもある気がする

 

『たとえ仕事をしていない自分』であったとしても、そうした自分を認めてほしいと

 

こうしてみていると『後ろめたさ』もまた自分を支える一部であるのかと思う

 

自分は悪くない」と外に言いたいときには注意したい(^^;)

そうした意見をすることしか考えないとき、相手の話に「それは違う、わたしが正しい」という判断をしているときは、きっと上手くはない