殻のブログ

自分が変化するための「殻」を破るため自分を守るための「殻」を創る

【認知療法】の位置付けはあくまで手段、目的を意識しておきたい

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 うつ病の治療に認知(行動)療法が効果がある、とよく言われることがあると思う

ただ、認知療法、それ自体が目的になってはならない

 

認知療法は心理学的な手法・技法・スキルであるように手段なだけであって

これをサラッとやったから、はい、大丈夫ですよ、とはなかなか言えない

認知療法、それ自体は、万能なものではない

これまでの体験や記憶、染み込んでしまったものはなかなか取り外せないものだってあるとは思う

 

ただ、やはり、やってみる以上、目的は意識しておきたい

前提としてネガティブな思考、それ自体は、正常な機能』である

「消えてなくなってしまいたい・・・」正常な思考である

自分の身を守るために、リスクを察知して対処するために、本来、人に必要な正常な機能である

しかし、ときときとしてネガティブな思考は暴走しやすく、それに圧倒され、身動きがとれなくなり、苦しめられ、途方に暮れる・・・

それはできるだけ避けたい、できるだけ、というのは全てなくすのは無理だという理解も必要だからだ

 

目的の一つはネガティブな思考を暴走させないこと

暴走させないというのは、その思考を追い出したり、その思考を否定しようとしたり、して自分で自分を煽っていることに気付くこと

だからこそ、陥りやすい思考を、あらかじめ思考しておくということが大切になってくる

 

その中で『自分の思考に丁寧に向き合うこと、カタイ・・・

『ネガティブな思考にとことん付き合っていくこと、もっとカタイ・・・

 

もっと柔らかい感じのだと

わりと調子がいいときってこんなカンジ(体感)だよね

というやり方を体験していくこと

自分は調子がいいときなんてない」という人は、調子が良さそうな人は、こんな考え方をすることが多いよ、ということを知って、視点を変えてみて、実際に取り入れてみて、自分はどうかな、と探っていくこと

 

自分に合わない、と思ったものは思いっきり切り捨てていい、と割り切っている

合わないものを合わせる必要はない、自分に正直であるということは、そういうこと、だとも思う

ただし、いま合わないのであって、今後どうかは分からないという視点は残しておきたい

 

最終的に行きつきたいところは

自分が安心感を感じられるときはどんなときだろう、どうなっていたら安心できているのだろう?

自分がホッとするときはどんなときだろう、どうなっていたらホッとできるのだろう?

どうな思考なんだろう?

ということが腑に落ちる感覚である